EPA(経済連携協定)を活用した関税削減は企業の国際競争力を高める重要な手段ですが、事後確認(Verification)による追徴課税リスクは経営に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
1. 検認(Verification)のリアル:企業が直面する現実
1-1. 事後確認とは何か
事後確認(Verification)とは、EPA特恵税率を適用して輸入申告した貨物について、輸入通関後にその貨物が相手国の原産品であるか否かを確認する手続きです。
輸入国税関は、原産地証明書の記載内容に疑義を持った場合、以下の方法で情報提供を要請できます:
- 輸入者への質問状(Questionnaire)の送付
- 輸出者・生産者への直接照会
- 実地調査の実施
1-2. 直接検認 vs 間接検認:決定的な違い
EPA協定によって採用される検証方法が異なり、企業のリスク対応策も変わってきます。
【直接検認(Direct Verification)】
対象協定: 日豪EPA、TPP11(CPTPP)、日EU EPA、RCEPなど
特徴:
- 輸入国税関 → 直接輸出者・生産者へ照会
- 輸出国政府を経由しない
- 回答期限が短い(30日以内が一般的)
- 英語での直接対応が必要
企業の対応:
- 突然の英文質問状に即応できる体制構築
- 社内の英語対応能力の確保
- 専門コンサルタントとの事前契約
【間接検認(Indirect Verification)】
対象協定: 日本の多くのEPA(ASEAN、メキシコ、チリ、インド、ペルーなど)
特徴:
- 輸入国税関 → 輸出国の権限ある政府当局 → 輸出者・生産者
- 情報照会が輸出国政府を経由する
- 回答期間に一定の猶予がある
- 発給機関(日本商工会議所など)が間に入る
企業の対応:
- 発給機関からの照会に備えた書類保管が重要
- 3年~5年分の根拠資料を整理保管

2. 質問状(Questionnaire)が届いた時の初動対応
2-1. 受領後72時間が勝負
輸入国税関から質問状が届いた際、最初の3日間の対応が結果を左右します。
【初動チェックリスト】
即座に確認すべき事項:
✅ 回答期限の確認(通常30日~90日)
✅ 質問内容の分類(HSコード/原産地基準/関税評価/積送基準)
✅ 対象貨物・期間の特定
✅ 求められている書類リスト
✅ 回答言語(英語が一般的)
✅ 提出方法(郵送/電子メール/専用ポータル)
2-2. やってはいけない初動対応
❌ 無視・放置
→ 自動的にEPA適用否認、追徴課税確定
❌ 不完全な情報での拙速回答
→ 矛盾点を指摘され、さらなる調査に発展
❌ 社内だけで抱え込む
→ 専門知識不足により不利な展開に
❌ 関係書類の後付け作成
→ 重加算税リスクが急上昇

2-3. 推奨する対応フロー
【第1段階:状況把握】(1日目)
↓
・質問状の内容精査
・対象貨物の特定
・関係部署への情報共有
・専門家への相談開始
【第2段階:書類収集】(2-7日目)
↓
・原産地証明書・申告書
・インボイス、パッキングリスト
・契約書、発注書
・原材料リスト、製造工程図
・サプライヤー証明書
・輸送書類(B/L、AWB)
【第3段階:回答書作成】(8-25日目)
↓
・質問への正確な回答作成
・証拠書類の整理・翻訳
・専門家による内容チェック
・社内承認プロセス
【第4段階:提出・フォロー】(26-30日目)
↓
・期限内提出の確認
・受領証の保管
・追加質問への準備
3. 非違事例から学ぶ失敗の本質
3-1. ケーススタディ①:HSコード誤分類による数千万円追徴
【事例概要】
企業: 機械部品輸入業者
期間: 過去5年分
問題点: ガラス繊維製品のHSコード誤分類
誤ったコード: 7019.90(関税率:0%)
正しいコード: 7019.51(関税率:4.3%)
結果:
- 追徴関税額:4,200万円
- 過少申告加算税:420万円
- 合計:4,620万円の追徴
失敗の本質:
- 品名だけでHSコードを判断
→ 関税率表の「類注」「部注」を確認せず - 10年以上同じコードで通関
→ 「過去に問題なかった」という油断 - 事前教示制度を活用せず
→ 税関の公式見解を取得していなかった
教訓:
- 複雑な製品は必ず事前教示を取得
- HSコードの根拠資料を社内で文書化
- 定期的な分類見直し(3年に1度)
3-2. ケーススタディ②:根拠書類不足による原産性否認
【事例概要】
企業: 電子部品製造業(タイ→日本)
協定: 日タイEPA
期間: 過去3年分
問題点:
- 原材料のサプライヤー証明書が未取得
- 製造工程の記録が不十分
- 原価計算の根拠資料が散逸
結果:
- 原産性証明不能と判断
- EPA税率適用否認
- 追徴関税額:約2,800万円
- 社内体制整備に6ヶ月と追加人件費1,000万円
失敗の本質:
- 「いつでも出せる」という楽観
→ 実際は書類が社内に存在せず - サプライチェーン管理の不備
→ 原材料の原産地追跡ができない - EPA専任担当者の不在
→ 誰も全体像を把握していなかった
教訓:
- 書類はリアルタイムで保管・整理
- サプライヤーとの原産地条項を契約書に明記
- 年1回の**内部監査(EPA監査)**実施
3-3. ケーススタディ③:積送基準違反
【事例概要】
企業: 繊維製品輸入業者
ルート: ベトナム→香港→日本
協定: 日ASEAN EPA
問題点:
- 香港での積替え時に非原産材料を追加
- 積送要件違反(第三国での実質的変更)
結果:
- EPA税率適用否認
- 追徴関税:約1,500万円
教訓:
- 直送原則または保税地域を経由する場合の証明を準備
- 第三国経由の場合は税関への事前相談必須
4. 事後調査で狙われやすい品目とリスク管理ポイント
4-1. 高リスク品目の特徴
税関の事後調査で重点的に確認される品目には明確な傾向があります。
【リスク判断の3要素】
(1)税率差が大きい品目
- 通常税率とEPA税率の差が5%以上
- 繊維製品(10~15%)
- 皮革製品(8~15%)
- 一部の化学品(5~10%)
(2)原産地判定が複雑な品目
- 電子機器(多数の部品構成)
- 自動車部品(グローバルサプライチェーン)
- 機械類(組立工程の実質性判断)
(3)過去に非違が多発している品目
- 衣類(原産国表示と実態の乖離)
- 食品(加工度の判定困難)
- プラスチック製品(材料原産地の追跡困難)

4-2. 業種別リスク管理のポイント
【製造業】
主なリスク:
- 原材料の原産地管理
- 製造工程での付加価値計算
- 関税評価(ロイヤルティ、金型費の加算)
対策:
- BOM(部品表)と原産地情報の紐付け
- 原価計算システムとの連動
- サプライヤー監査の実施
【商社・貿易業】
主なリスク:
- 三国間貿易での書類管理
- 積送基準の証明
- 委託生産の場合の管理責任
対策:
- デジタル書類管理システム導入
- 取引先との情報共有プロトコル確立
- 定期的な取引先監査
【小売・EC事業者】
主なリスク:
- 多品目少量輸入での管理負担
- 仕入先情報の不透明性
- HSコード誤分類
対策:
- 主要商品の事前教示取得
- 信頼できる通関業者との連携
- 簡易申告制度の活用検討
4-3. 予防的リスク管理の実践
【内部監査チェックリスト】
□ 書類保管体制
- 根拠書類は5年分完備しているか
- デジタル化・バックアップは取れているか
- 検索性は確保されているか
□ 業務フロー
- EPA利用判断の基準は明文化されているか
- 承認プロセスは適切か
- ダブルチェック体制はあるか
□ 人材育成
- EPA担当者の育成計画はあるか
- 後任者への引継ぎは準備されているか
- 外部研修への参加機会はあるか
□ システム対応
- 原産地情報の一元管理はできているか
- アラート機能は設定されているか
- 改正情報の更新は自動化されているか
5. 専門家に相談すべきタイミング
以下のような状況では、早期に専門家(通関士・EPA コンサルタント)への相談をお勧めします。
✅ 即座に相談すべきケース
- 輸入国税関から質問状が届いた
- 事後調査の連絡を受けた
- 新規にEPA適用を開始する(年間輸入額5,000万円以上)
- 生産地・サプライヤーを変更する
- M&Aで貿易業務を承継する
✅ 定期的な相談が有効なケース
- 複雑な製品の原産地判定
- 新協定発効時の対応検討
- 社内体制構築・マニュアル作成
- 従業員向け研修の実施
まとめ:防衛は最大の攻撃
EPA活用による関税削減効果は魅力的ですが、事後検認リスクを軽視すると、数年分の節税効果が一瞬で消滅します。
企業に必要な3つの防衛策:
- 予防的管理:書類整備・社内体制構築
- 早期発見:定期的な内部監査・専門家チェック
- 迅速対応:質問状受領時の専門家活用
EPA は「使って終わり」ではなく、「継続的に守り続ける資産」です。
参考情報・引用元
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