移転価格税制

国際取引と資金のやり取り

「赤字で苦しんでいる海外の販売子会社を、親会社として支えるのは当然だ」——海外展開した経営者なら、誰もがそう考えます。技術者を出張させて現地を立て直す。出向社員の給料は親会社が多めに持つ。製品を安く卸して資金繰りを助ける。親が子の面倒を見る、ごく自然な経営判断に見えます。

しかし国際税務の世界では、この「良かれと思って」が最も危険な落とし穴になります。本来は対価を取るべき取引を無償・低額で行うと、その差額が「日本から海外への所得移転」とみなされ、課税されるのです。しかも近年、税務調査の矛先は大企業から中堅・中小企業へと確実に広がっています。本記事は、海外販社への支援に潜む税務リスクを、経営者目線で解剖します。


なぜ「身内への支援」が課税されるのか

出発点は、税務の大原則です。会社間の取引は「時価(適正な対価)」で行うのが前提で、無償や低額の取引は、時価に引き直したうえで差額を問題にします。これは国内取引でも同じですが、相手が海外子会社になると、扱いが格段に厳しくなります。理由は、対価を取らないぶん日本の所得が減り、その分の税収が国外へ逃げるからです。

この所得移転を防ぐために、2つの制度が用意されています。経営者にとって怖いのは、どちらに転んでも課税される「二段構え」になっている点です。

移転価格税制国外関連者寄附金
根拠租税特別措置法66条の4同66条の4第3項
対象対価はあるが金額が不適正無償、または対価がほぼない
基準独立企業間価格(ALP)時価
課税の重さALPとの差額を所得加算全額が損金不算入
二重課税の解消相互協議で救済の道あり救済なし(取り戻せない)
更正期間6年5年

⚠️ 寄附金課税のほうが「重い」
意外に思われますが、より恐ろしいのは寄附金課税です。国外関連者への寄附金は全額が損金不算入。通常の寄附金のような損金算入限度額がなく、翌期に取り戻すこともできません。さらに、相互協議による国際的な二重課税の解消も期待できない。「税務上、最も逃げ場のない課税」のひとつです。

両者の境界は明文化されていませんが、実務的な目安として「契約や請求の実態がなければ寄附金、実態があって金額が不適正なら移転価格」と整理されることが多いです。つまり、何の取り決めもなく親会社が費用を被ると、より厳しい寄附金課税に振れやすいのです。

「うちは中小だから関係ない」は通用しない

移転価格・寄附金の調査は、長らく大企業が中心でした。しかし大企業はすでに対応が進み調査も一巡したため、国税当局の矛先は中堅・中小企業へと広がっています。海外子会社を1社でも持ち、そこと取引や支援があれば、規模に関係なく対象です。

そもそも適用対象となる「国外関連者」とは、形式的には直接・間接に50%以上を出資する海外の会社です。ただし出資比率が50%未満でも、役員の半数以上が兼任していたり、事業の重要部分や資金繰りを親会社に依存していれば、実質的に国外関連者と判定されることがあります。「資本割合が低いから大丈夫」とも限らないのです。

📊 調査官が最初に見るポイント
移転価格調査では、まず海外子会社の営業利益率が高すぎないかを見ます。たとえば日本親会社の営業利益率が7%なのに、海外子会社が15%なら、「日本の利益が海外に移っているのでは」と疑われる。親会社の技術やブランドを海外子会社に無償で使わせ、ロイヤルティを取っていないケースが、その典型的な原因です。

経営者が踏みやすい「支援の罠」7パターン

財務当局や専門家が繰り返し指摘する、寄附金・移転価格課税を受けやすい典型例を整理します。自社に当てはまるものがないか、確認してください。

① 出張・技術指導の費用を回収しない

親会社の技術者が海外子会社に出張して現地でサポートしたのに、その人件費・旅費を子会社に請求していない。第三者になら有償で行う役務を、子会社にだけ無償で提供している——この説明は税務調査で非常に通りにくく、回収していない分が寄附金認定されやすい筆頭格です。出張は記録から事実確認も容易です。

② 出向者の給与を親会社が過大に負担

海外子会社へ出向させた社員の給与について、本来子会社が負担すべき額まで親会社が肩代わりしている。給与水準の較差を補填する範囲なら認められますが、それを超える負担や、負担額に明確な根拠がない場合は寄附金とされる可能性が高くなります。

③ 設立”後”の費用を親会社が負担

市場調査や現地視察といった「設立を決める前」の費用は、親会社の経費にできます。しかし、設立登記・定款作成・ビザ発行など「設立を決めた後」の費用は子会社が負担すべきもの。これを親会社が被ると、寄附金として損金不算入になります。前後の線引きが分かれ目です。

④ 無利息・低利の貸付け

設立当初で現地の資金調達が難しいからと、親会社が無利息や著しく低い利率で貸し付ける。適正な利息相当額との差額が、寄附金とみなされる可能性があります(適正利率の算定方法は2023年4月に改正済み)。

⑤ 製品の低価販売で赤字を補填

子会社を支えるため、製品を相場より安く卸す。これはまさに「価格を通じた所得移転」で、移転価格課税の中心です。子会社の赤字の原因が「親会社からの仕入が高すぎたこと」にあるなら移転価格の問題、というように、価格設定そのものが検証対象になります。

⑥ 広告宣伝費の親会社負担

海外子会社が売る商品の広告宣伝費を、親会社が全額負担。その広告が日本親会社にもメリットがあると立証できなければ、負担分が寄附金とされかねません。全額損金は微妙で、一部のみ認められ残りは課税、という結末もあり得ます。

⑦ 価格調整金・債権放棄による赤字補填

決算期末に「価格調整金」の名目で子会社へ支払う、あるいは子会社への債権を放棄して赤字を埋める。いずれも経済的利益の供与として寄附金認定のリスクが高い行為です。ただし、業績不振の子会社の倒産を防ぐためのやむを得ない支援で、合理的な再建計画に基づくなど「相当な理由」があれば、寄附金に当たらないとされる余地もあります。

もうひとつのリスク:ガバナンスと文書化

金額の問題と並んで怖いのが、管理の形骸化です。「グループ内だから」と契約書も請求書もなく取引を続けていると、いざ調査が来たときに「適正な対価だった」と説明する根拠がありません。移転価格税制には、これを裏づける文書化の仕組みがあります。

  • 同時文書化義務:前事業年度の一の国外関連者との取引が50億円以上、または無形資産取引が3億円以上なら、確定申告期限までにローカルファイル(独立企業間価格を算定するための書類)を作成・保存する義務がある。
  • 義務がなくても安心できない:金額基準未満でも、税務調査でローカルファイル相当書類の提出を求められる(指定日から60日以内)。出せなければ、当局が同業他社のデータ等から価格を推定して課税する「推定課税」を受けるおそれがある。

推定課税の怖さは、自分の価格が正しいと証明する責任(挙証責任)が、実質的に納税者側に移ってしまう点にあります。日頃から取引条件を文書で残しておくことは、義務以前に「自社のペースで調査を進める」ための防御策なのです。

では、どう備えるか

  • 支援は「無償」でなく「適正対価」で。役務提供には契約と請求を伴わせ、対価を取る。これだけで寄附金リスクを大きく下げられる。
  • 線引きを意識する。設立前後の費用、出向者給与の較差範囲、適正利率——どこまでが親会社負担として許容されるかを事前に確認する。
  • 簡便法を活用する。本業に直接関連しない単純な支援(低付加価値グループ内役務提供)は、総原価に5%上乗せ(5%マークアップ)した対価で済ませる簡便法が認められている。一定の文書化が条件。
  • 事前確認(APA)を検討する。取引価格の算定方法を税務当局に事前確認しておけば、その取引について課税リスクをなくせる。
  • 関係者を巻き込む。「支援は無償では済まない」という認識を、現地子会社の責任者や本社経営陣まで共有する。経理部門だけでは防ぎきれない。

まとめ

  • 海外販社への無償・低額支援は、「日本からの所得移転」として課税されうる。
  • 課税は二段構え。移転価格税制(ALPとの差額)と国外関連者寄附金(全額損金不算入)。後者のほうが逃げ場がない。
  • 境界の目安は「契約・請求の実態の有無」。取り決めなしの費用負担は寄附金に振れやすい。
  • 調査は中堅・中小へ拡大中。50%未満出資でも実質判定で対象になりうる。
  • 踏みやすい罠は、出張費未回収・出向給与の過大負担・設立後費用・無利息貸付・低価販売・広告費負担・債権放棄など。
  • 文書化義務(50億円/無形資産3億円)。未満でも推定課税を避けるため文書整備は必須。
  • 備えは、適正対価での取引、簡便法(5%マークアップ)、事前確認(APA)、社内の認識共有。

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本記事は「貿易法務・税務の罠」シリーズのフェーズ4(横断・足元)に位置づけられます。同じ「安く出すと課税される」でも、輸入時の関税課税価格を扱うフェーズ1とは、相手の役所も根拠法も異なります。あわせて読むと、輸出入と国際税務の全体像が見えてきます。

👉 1-1 関税評価 — なぜ「払ったインボイス金額」が課税価格ではないのか
👉 1-3 アンダーバリューと事後調査 — 「安いインボイス出すよ」の正体

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※本記事は2026年7月時点の制度に基づく一般的な解説です。移転価格・寄附金課税の判断は取引実態によって大きく変わり、金額基準や算定方法も改正されます。海外子会社との取引については、必ず国際税務に精通した税理士等の専門家にご相談ください。