貿易取引において、「どちらが運賃を払うか」「どこで事故が起きたら誰の責任か」を世界共通のルールで定めたのがインコタームズ(Incoterms)です。
単なる「送料の取り決め」と勘違いされがちですが、実は「企業の純利益」と「EPAの判定結果」に直結する非常に重要な経営判断項目です。そして見落とされがちなのが、選んだ条件によって「自社がやるべき実務作業」が根本的に変わるという点です。

1. 経営者のためのインコタームズ:なぜこれが重要か?
経営層がインコタームズを理解すべき理由は、以下の3点に集約されます。
- 隠れたコストの把握: 提示された商品価格が「工場渡し」なのか「日本着」なのかで、実際の輸入原価は20〜30%変わります。
- 危険負担(リスク)の管理: 輸送中にコンテナが海に落下したり、火災が起きた際、自社が損害を被るのかどうかを明確にします。
- EPA活用への影響: 多くのEPA(RCEP等)では、原産判定の基準にFOB価格を使用します。適切な条件を選ばないと、判定自体ができなくなります。
2. 実務で使われる「主要5条件」の比較と選び方
インコタームズ2020には11の条件がありますが、実務で使われるのは主に以下の5つです。
| 条件 | 正式名称 | 運賃負担 | リスクの移転時期 | 経営上のメリット・デメリット |
| EXW | 工場渡し | 輸入者が全額負担 | 相手の工場を出た瞬間 | 最も安いが、輸出地でのトラブルも自社責任。 |
| FOB | 本船渡し | 輸出地~日本は輸入者 | 輸出港で船に載った時 | 推奨。 運賃を自社でコントロールでき、コストが透明。 |
| CFR | 運賃込 | 輸出者が日本まで払う | 輸出港で船に載った時 | 手間は少ないが、運賃にマージンを乗せられるリスク。 |
| CIF | 運賃保険料込 | 輸出者が保険も払う | 輸出港で船に載った時 | CFRに保険がついたもの。最も一般的だがコストは高め。 |
| DDP | 関税込持込渡 | 輸出者が全額負担 | 日本の指定場所 | 手間ゼロだが、コストが最も不透明。関税・消費税も相手払い。 |
3. 実務担当者向け:マニュアル的な重要ポイント
① 「費用」と「リスク」は別物と考える(C条件の注意点)
CFRやCIFでは、輸出者が日本までの運賃を支払いますが、リスクは「輸出港で船に載った瞬間」に輸入者へ移ります。 つまり、輸送中に事故が起きたら、輸入者が保険会社と交渉しなければなりません。「お金を払っている方が責任を持つ」というわけではないのが貿易の難しい点です。

② EPA判定とFOB価格
EPA(特に付加価値基準:VA)では、計算式に「FOB価格」を代入します。
- EXWやFCAで購入している場合: 購入価格に、輸出港までの国内運賃や通関費用を足して「FOB価格」を算出する必要があります。
- CIFやDDPで購入している場合: 購入価格から、海上運賃や保険料を差し引いて「FOB価格」を算出する必要があります。
実務メモ: 判定資料を作成する際、インボイスがEXWだと、別途「輸出地での諸掛」の証拠資料を求められるケースがあります。
③ インコタームズの「版」を明記する
現在は「2020年版」が最新ですが、古い「2010年版」で契約しているケースも残っています。契約書やインボイスには必ず “FOB Shanghai, Incoterms 2020” のように、どの版のルールかを明記しましょう。
4. 【重要】条件別「誰が・いつ・何をするか」実務フロー
インコタームズを選ぶと、輸入者がやるべき実務作業の範囲が大きく変わります。条件ごとに整理します。
🔴 EXW(工場渡し):輸入者の負担が最大
相手の工場から日本の倉庫まで、すべての手配を輸入者が行います。
| フェーズ | 担当 | 具体的な作業 |
|---|---|---|
| 輸出国内陸輸送 | 輸入者 | 工場→輸出港まで現地トラックを手配(現地代理人が必要なことも) |
| 輸出通関 | 輸入者 | 現地の通関業者に輸出申告を依頼 |
| 海上ブッキング | 輸入者 | 日本側フォワーダーに船のスペースを手配 |
| 海上保険 | 輸入者 | 工場出発時点から保険をかける必要あり |
| 日本側通関・納品 | 輸入者 | 通常通り |
⚠️ 注意: 現地で輸出通関を自社でコントロールできない場合、EXWは選ばない方が無難です。現地の通関手続きに不備があっても、責任は輸入者(自社)に帰します。
🟡 FOB(本船渡し):推奨。輸出港以降を自社でコントロール
輸出者が輸出港で船に積み込むまでを担当。そこから先は輸入者の管轄です。
| フェーズ | 担当 | 具体的な作業 |
|---|---|---|
| 輸出国内陸輸送 | 輸出者 | 工場→輸出港まで輸出者が手配 |
| 輸出通関 | 輸出者 | 現地で輸出申告 |
| 海上ブッキング | 輸入者 | 日本側フォワーダーに依頼。运賃交渉も自社でできる |
| 海上保険 | 輸入者 | 船積み時点から保険をかける |
| 日本側通関・納品 | 輸入者 | 通常通り |
💡 FOBを選んだ場合の詳細な実務手順は、2-1 FOB輸入実務の全体フローで解説しています。
🟢 CIF(運賃保険料込):手間は少ないが、リスク移転に注意
輸出者が日本の着港まで運賃と保険を負担。ただしリスクは輸出港で船に積まれた瞬間に輸入者へ移転します。
| フェーズ | 担当 | 具体的な作業 |
|---|---|---|
| 輸出国内陸輸送 | 輸出者 | 輸出者が手配 |
| 輸出通関 | 輸出者 | 輸出者が実施 |
| 海上ブッキング | 輸出者 | 輸出者が手配(運賃交渉は輸出者主導) |
| 海上保険 | 輸出者 | 輸出者が手配。ただし最低限のICC(C)で済ませることも多い |
| 日本側通関・納品 | 輸入者 | 通常通り。フォワーダーへA/N受領後に対応 |
⚠️ 注意: 輸送中の事故は輸入者のリスクです。CIFで輸出者が付けた保険の補償範囲(ICC条件)を必ず確認してください。不十分な場合は自社で追加保険をかけることを検討します。
⚫ DDP(関税込持込渡):楽だが罠が多い
輸出者が日本の指定場所まで届け、関税・消費税も輸出者が払います。輸入者の手間は最小ですが、以下の重大な落とし穴があります。
- コストの不透明性: 関税・運賃・諸経費がすべて商品価格に上乗せされており、内訳が見えません。
- EPA適用が事実上不可能: 輸出者が通関を行うため、輸入者が原産地証明を管理できず、特恵税率の適用が困難になります。
- 消費税の還付が受けられない: 輸入消費税を輸出者が払うため、輸入者は仕入税額控除の対象外になるケースがあります。
5. 自社に合った条件を選ぶフローチャート
以下の質問に順番に答えることで、最適な条件が絞り込めます。
- EPAを活用したい、または将来的に活用する可能性がある?
→ YES:FOB一択(DDP・CIFは避ける)
→ NO:次の質問へ - 物流コストを自社でコントロールしたい?
→ YES:FOB(フォワーダーを自社で選定・交渉できる)
→ NO:次の質問へ - 輸出国での現地手配(トラック・輸出通関)ができる体制がある?
→ YES:EXWも選択肢(ただし上級者向け)
→ NO:CIFが現実的な選択肢
💡 結論: 迷ったらFOBを選んでください。コストが透明で、EPAにも対応でき、フォワーダー選定の自由度も確保できます。初めての取引で手間を省きたい場合のみCIFを検討します。
6. 失敗しないための「経営判断チェックリスト」
- [ ] その商品は、自社で海上保険をかけた方が安くないか?(CIF vs CFR)
- [ ] 相手国での輸出通関や国内輸送に、自社でコントロールできるルートはあるか?(EXWの可否)
- [ ] インボイス価格に、日本の消費税が含まれていないか?(DDPの落とし穴)
- [ ] EPAを活用する場合、FOB価格を証明するためのデータ(運賃明細など)は入手可能か?
まとめ:インコタームズは「選ぶ」だけでなく「管理する」もの
初めての取引や、事務負担を減らしたい場合はCIFが楽ですが、中長期的にコストを削減し、EPA活用も視野に入れるなら、自社で物流業者を指定できるFOBをお勧めします。条件を決めたら、次は実際の物流フローの管理です。
👉 FOBを選んだ方は 2-1 FOB輸入実務の全体フロー へ


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