前回の記事では、船会社がライバル同士でスペースを共有する「アライアンス」の仕組みを解説しました。この仕組みのおかげで、私たちは特定の船社と契約するだけで、世界中の網羅的な航路網を利用することができていました。
しかし今、この10年近く続いてきた「海の安定期」が終わりを告げ、未曾有の大再編時代に突入しています。2025年から2026年にかけて、世界の大手船社たちがこれまでの同盟を解消し、新たなパートナーシップへと組み替えているのです。
この「海の大再編」は、単なる業界内のニュースではありません。船社ごとのサービス品質(定航率)の差が拡大し、中小インポーターにとっては「どの船社(アライアンス)を選ぶかで、納期の安定性が劇的に変わる」という極めて実務的なリスクに直面することを意味します。今回は、2025年以降の新しい海運勢力図と、その裏にある戦略の違いを詳しく紐解きます。
1. 王者MSCの「単独化」と、世界最強同盟「2M」の崩壊
今回の再編の最大の引き金となったのは、世界シェア1位のMSC(スイス)と2位のマースク(デンマーク)による最強同盟「2M」の解消です。
2015年から10年間にわたり世界の海を支配してきたこの巨頭連合が、なぜ今、袂(たもと)を分かつことになったのでしょうか。そこには、王者MSCによる圧倒的な「規模の戦略」があります。
「自社だけでループを作れる」という圧倒的な物量
第1弾・第2弾で解説した通り、1つのループを維持するには13隻もの船が必要です。かつてのMSCはライバルの助けを必要としていましたが、過去数年間で凄まじい数の新造船を投入し、今や自社単独で世界中に網羅的なネットワークを維持できるほどの巨大な船隊を築き上げました。
「ライバルと調整する手間を省き、自社の意思決定だけで柔軟に航路を動かしたい」
そう考えたMSCは、2025年以降、主要航路において「単独運行(スタンドアロン)」を基本とする戦略へと舵を切りました。これは、海運業界における「アライアンス前提の時代」の終わりを象徴する出来事です。
2. 品質重視の「ジェミニ」誕生:マースクとハパックロイドの賭け
王者MSCと別れたマースクが、次なるパートナーとして選んだのが、世界5位のハパックロイド(ドイツ)です。この2社によって2025年2月に始動したのが「ジェミニ・コーポレーション(Gemini Cooperation)」です。
ジェミニの戦略は、MSCの「数」の戦略とは対照的に、徹底的な「質(定航率)」の追求にあります。
| アライアンス名 | 主な加盟船社 | 戦略・特徴 |
|---|---|---|
| ジェミニ (Gemini) | マースク、ハパックロイド | 定航率90%以上を目指す。ハブ港を活用した「シャトル便」を多用。 |
「ハブ&スポーク」への原点回帰
ジェミニが掲げる「定航率90%以上」という数字は、遅延が常態化している現在の海運業界では驚異的な目標です。これを実現するために、彼らはあえて寄港地を絞り込み、主要な拠点(ハブ港)間をシャトル便で繋ぐ高度なネットワークを構築しようとしています(詳細は第4弾で詳述します)。
インポーターにとっては、「遅いかもしれないが確実に届く」サービスを選ぶのか、それとも別の選択肢をとるのかという、明確な基準が生まれることになります。
3. 残されたライバルたちの合流:プレミアとオーシャンの動向
2強の動きに呼応して、他の船社たちも生き残りをかけた再編を急いでいます。ここで注目すべきは、日本のONEを含む連合の動きです。
プレミア・アライアンス(Premier Alliance)の結成
ハパックロイドがジェミニへと去った「THE Alliance」の残存メンバー(ONE、HMM、Yang Ming)は、新たに「プレミア・アライアンス」として再出発しました。さらに、単独化を進めるMSCとも欧州航路などで一部協調することを発表。大手連合に対抗できる航路網の維持を必死に図っています。
盤石のオーシャン・アライアンス(Ocean Alliance)
一方で、再編の嵐の中で最も安定しているのが、CMA CGM(仏)、COSCO(中)、Evergreen(台)らによる「オーシャン・アライアンス」です。彼らは2032年までの提携延長を早々に決定。直行便の多さと、中国系・フランス系の強力なネットワークを武器に、現時点で最大規模のアライアンスとして君臨しています。
中小企業の「船腹確保」に与える3つのインパクト
この2025〜2026年の大再編は、中小インポーターの実務にどのような影響を与えるのでしょうか。以下の3つのリスクを意識しておく必要があります。
アライアンスが変わると、当然「ループ(巡回ルート)」がすべて引き直されます。今まで直行便で届いていた港に寄らなくなったり、到着曜日が大きく変わったりする可能性が高いため、既存ルートの再確認が必須です。
2. 「定航率」による価格格差の拡大
ジェミニのような「高品質・高定航率」を売りにするグループと、低価格を武器にするグループで、運賃とサービスの二極化が進みます。単に「一番安い船」を選ぶと、予想以上の遅延に巻き込まれるリスクが高まります。
3. 切り替え時期の「ブッキング混乱」
同盟が変わるタイミング(特に2025年2月前後)は、船のスケジュールや空コンテナの配置が不安定になります。この時期のブッキング(船腹予約)は、通常よりも早めの手配と、フォワーダーとの密な連携が不可欠です。
まとめ:情報のアップデートが「防衛策」になる
「去年までこの船社が一番安定していたから」という過去の常識は、2025年以降通用しなくなります。船会社たちの戦略が「数のMSC」か「質のジェミニ」か、あるいは「安定のオーシャン」かに分かれた今、インポーターには自社の貨物の特性に合わせて「アライアンスを使い分ける」という高度な判断が求められています。
では、具体的に「質のジェミニ」が推進する「シャトル便」とはどのような仕組みなのか。そして、従来の「直行便」とどちらが自社にとって有利なのか。
次回第4弾では、輸送モードの選択を左右する「シャトル便 vs 直行便」の実務的な損得勘定について、さらに深く踏み込んで解説します。